スタッフまんちゃんのクライミング独り言 その26(クライマーとしての僕を振り返ってみる、その壱)
●クライミング(ボルダリング)をはじめたのは
きっかけは当時やっていたコント集団劇団ヴィジュアル系バンド(奇しくもゴールデンボンバー的なことをもっとコントメインでやっていた)のVO.SIN君に誘われたのです(ちなみに僕のパートは挫折というパートでした)。
まんちゃんやったら絶対ハマるで~って言われて。
僕個人は普段走っている(毎日15kmくらい走っていた)し、サーフィンだってやっているし、草サッカーもやっていたから、ま、楽勝でしょ。
くらいに思っていたんでハマるつもりも毛頭なかったし、どうせできるやって思って、先に登っていたSIN君が両手に湿布貼っているの見て、大袈裟な‼‼って思っていたくらいでした。
ところがまったくもって登れませんでした。
うちでいう8級よりも簡単な課題が精一杯。
ところがただのバンドマン(彼はコント以外にも普通に音楽活動もしていた)でギターしか重いモノ持たないはずのSIN君は傾斜の5級のゴール手前までいったというではありませんか。
しかも全然知らんヒョロ眼鏡君がスイスイ登るじゃありませんか…。
オーマイガー!でした。
結局その日は8級相当の課題を二つか三つ登っただけでギブアップ。
まさかこんなにハードなものだとは思わなかったし、バンドマンのSIN君よりも登れなかったし、ヒョロ眼鏡君はきっとその眼鏡のフレームにすら僕のことなんて入らなかったはずだし、汗びっしょりだし。
SIN君と帰りにいったびっくりドンキーで食べたプレートがなんだかむなしかったのです、いっぱい食べたけど(笑)。
●そしてその3日後
悔しかったのでまた登りに行って、その3日後にはクライミングシューズを買って登りに行って、その次に月会員になったのです。
まぁ最初のうちはそれでも酷かったですねぇ。
そもそもお客モードのときはあんまりコミュニケーションとらないんで、初めて3ヶ月くらいはスタッフの人以外と話したこともなかったし。
なんか親切に教えてくれる人もあきらか初心者の僕にマッチやらスメアやらカチやら言うてきて、’’わからんちゅうねん‼‼‼”って内心思いながらとりあえずは聞いて、家に帰って調べるとかしてました。
なので僕最初から誰かにレクチャーされたわけではないんですねぇ。
一回だけのSIN君に一回だけの知識を教えられただけで、あんまり何にも知らないまんま月会員になっちゃったんです。
●そこからマントルの5級完登するのに
2か月もかかりました。というのもハリボテに付いているホールドはハリボテも踏んでいいというホームジムのルールを知らなかったのです、スタッフ以外と話してなかったから(笑)
そんな誰とも話さない期間は数か月にも及びましたが、ちょっとづつ話をする人もできてなか迎えたのがハロウィンでした。
クライミングではあまたのヒョロ眼鏡君たちに敵わない僕が唯一勝てるチャンスが現れたのです。
仮装することで(笑)
普段役者業もやっている僕としては千載一遇の全クライマーに勝てるチャンス。
僕は当時ロン毛だったんで一人芝居で使ったイエス キリストの衣装を着ましたよ。
もちろんメイクもコミコミで。
しかもジムで着替えるとか生ぬるいことはせずにちゃんと家からキリストに扮して行きましたよ。
途中小学生に”アホや”とか言われましたが、おかまいなしです。
それで登場したもんだからみんな唖然としてました。
テキトーな仮装じゃなくガチだったんで。
キリストの装束を脱ぐと手書きのジーザスTシャツとジーンズになるという、当時流行っていた漫画『聖☆おにいさん』になるというオマケつきで、無論優勝しました(優勝賞品はヨシュアツリーのハンドクリームだった)。
そうやってホームジムで認知されはしました、とりあえず(笑)
2011年の夏のお話でした。
続く